二人の巨匠
- miyamonte
- 8月14日
- 読了時間: 6分
ロサンゼルスに20年、そしてハワイに10年。
合わせて30年ものあいだ、私は紫外線の強い土地で暮らしてきました。普通に考えれば、肌は乾き、深いシワが刻まれ、硬くなっていて当然の年月です。
でも、私の肌は今も、もちもちしています。
なぜだろう、とずっと考えたことはありませんでした。仕事に追われる日々の中で、立ち止まって考える余裕もなかったのだと思います。でも、今こうして振り返ってみると、答えははっきりしています。
それは、Caroline LeonettiとAida Grey、二人の女性が私に教えてくれたことのおかげなのです。

「一人の女性を育てる学校」―― Caroline Leonetti
私が20代の頃、ロサンゼルスで通っていた学校の主宰者、Caroline Leonetti。
改めて彼女の人生をたどると、本当に時代を先に歩いていた女性でした。1945年、まだ20代のうちに自分の名前を冠した Caroline Leonetti Ltd. を設立し、モデルスクール兼俳優エージェンシーとして、女優や著名人も通うほどの存在にまで育てあげます。
ラジオやテレビにも23年間にわたって出演し、女性の美しさや教養について発信し続けました。
その後は実業界に進み、1981年には Federal Reserve Bank of San Francisco の議長に就任。当時としては非常に珍しい、女性リーダーでした。ウォルト・ディズニー社の取締役も務め、芸術教育にも力を注ぎ、1985年には Los Angeles County High School for the Arts の設立にも尽力しています。
つまり彼女は、私が出会うずっと前から、女性を教育し、女性が自分の力で社会に立つことを、身をもって実践してきた人だったのです。
Leonettiで習ったのは、メイクだけではありませんでした。
スキンケア、洋服、色彩、姿勢、歩き方、階段の上り下り、車の乗り降り、マナー、話し方、そして食事――自分をどう磨き、どう整えていくか。何を話してよいのか、何を話すべきではないのか。人としてどう在るか。
今思えば、あれはモデルを育てる学校というより、一人の女性としての生き方そのものを育てる学校でした。
そして意外かもしれませんが、私の中で今も一番残っているのは、あの頃教わった食事についての考え方です。何を、どう食べるか。それは肌にも、体にも、そして心にも、確実につながっています。
卒業の日、私はご本人から卒業証書を受け取りました。かなりご高齢でしたが、とても美しい方でした。今でも鮮明に覚えているのは、彼女の可愛らしい赤い口紅です。

1940年代に、すでに天然化粧品 ―― Aida Grey
そしてもう一人の巨匠が、Aida Grey。
驚くべきことに、彼女はLeonettiよりもさらに早く、1940年代からすでに美容の世界を切り拓いていました。
1946年、Beverly Hillsにサロンを開き、果物や野菜、ハーブといった自然由来の素材を取り入れながら、一人ひとり違う肌をじっくり観察し、その人に合わせたスキンケアを組み立てていく。今の感覚で聞いても先進的なこのやり方は、やがて世界100以上のフランチャイズへと広がっていきます。
考えてみてください。1940年代といえば、日本ではまだ戦中から戦後の混乱期です。そんな時代に、アメリカではすでに「一人ひとりの肌に合わせた、天然由来のスキンケア」という発想が、ビジネスとして確立していた。この時差の大きさこそ、私が心から驚かされる部分です。
でも、私がAida Greyに惹かれた理由は、「天然だから」という単純なものではありませんでした。植物やハーブを大切にしながらも、私が実際に使っていた製品には、ヒアルロン酸のような美容成分もしっかり取り入れられていたのです。
今の言葉で言うなら、自然と美容科学を組み合わせたハイブリッド化粧品。天然だから良い、科学だから良い、ではなく、その肌に今何が必要なのかを見て、必要なものを組み合わせる。
私が化粧品を見るときの基準は、この頃につくられたのだと思います。
実は、つながっていた二人
面白いのは、Caroline LeonettiとAida Greyが、まったく別々の「私の先生」ではなかったということです。
Leonettiの学校で扱われていたスキンケアが、実はAida Greyの化粧品でした。月に一度、Aida Greyのフェイシャルを受けることまで勧められていたのです。
つまり私は、Leonettiのもとで「女性としての生き方」を学びながら、同じ場所で、同じ時期に、Aida Greyの手による「肌のケア」も受けていたことになります。別々の先生ではなく、最初から一つにつながった学びだった。
そんなことも、当時は深く考えていませんでした。ただ言われるがままに、毎月フェイシャルを受け、教わったことを吸収していただけです。
一人からは、女性として、自分自身をつくり、強く生きること。 もう一人からは、肌を観察し、植物と科学の両方から、必要なものを考えること。
通り過ぎなかった出会い
その後、私はメキシコで一人の博士と出会います。彼が天然ハーブから開発した育毛剤――なぜか、それを通り過ぎることができませんでした。
もっと知りたい。なぜこうなるのだろう。何が肌や頭皮に働いているのだろう。
そうして博士から販売の許可をいただき、1997年、ロサンゼルスで会社を設立しました。
化粧品会社をつくるためにアメリカへ来たわけではありません。経営者になるためにLeonettiへ通ったわけでもありません。Aida Greyの化粧品を使いながら、いつか自分がつくる側になるとも思っていませんでした。
一つひとつは、すべて偶然でした。
でも今になって振り返ると、肌を見ること。身体を見ること。食べるものを見ること。植物を見ること。新しい科学を見ること。そして流行や価格ではなく、**そのものが人に何をするのかを、自分の目で確かめること。**その「見る目」は、20代の頃から少しずつ育ててもらっていたのだと思います。
だから博士のローションに出会ったとき、私は通り過ぎなかった。
偶然だったのは、出会い。それを選んだことは、偶然ではなかったのかもしれません。
もちもち肌が、答えだった
LAで20年、ハワイで10年。
紫外線の強い土地で長く暮らしてきましたが、69歳になった今も、自分の肌に触れると柔らかさを感じます。
その肌に触れるたび、私は20代の頃に教えられたことを思い出します。
肌だけを見ないこと。食べるものを大切にすること。身体を動かすこと。自分を整えること。そして、肌をよく観察すること。
Aida Greyから学んだ「肌を見る目」と、Caroline Leonettiから学んだ「女性として自分自身を整え、生きること」。
考えてみれば私は、それを半世紀近く続けてきたことになります。
そして、その延長線上に、メキシコの博士との出会いがあり、1997年の会社設立があり、今の私があります。
女性が自分の名前で仕事をすることさえ容易ではなかった時代から、自分の道を切り拓き、そして次の女性たちを育ててきた二人。
まだ自分の人生がどこへ向かうのかも知らなかった私に、「見る目」と「生き方」を教えてくれた、二人の巨匠です。
偶然だったのは、出会い。それを選んだことは、偶然ではなかったのかもしれません。
あの頃のお二人に、今の私を見せることができたなら――
「教えていただいたものは、ちゃんと今につながっています」
そう伝えたい。
そして今でも、卒業証書を手渡してくださったCaroline Leonettiの姿を思い出します。
ご高齢になっても美しく、そして、とても可愛らしかった赤い口紅。
心から、ありがとうと言いたい。



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